昭和50年11月2日 特別奉修委員 入力者 北村修司
(?)、もう本当にどれほど御礼を申し上げても御礼を申し上げても足らん。もうどれだけ御礼を申し上げてよいやら分からんというおかげを皆さん浸っておられると思うんですけれども、皆さんの場合。また合楽で、えー、もう本当に、あの、合楽のいうなら信奉者として(?)と私は思うんです。ですからそれを本当のその、有り難いという徳にならにゃいけんです。ね、有り難いというお徳にならなきゃいけん。思うてみればあれもおかげこれもおかげ、もう本当に御礼を申し上げても、何を御礼申し上げてよいか分からんといったようなことですけれども、(?)お届けしとってもそうなんです。(?)一回か二回かしかお参りにならんのだけれども、とにかく(上の?)信心が、を思うておるけれども、実に有り難い事ばっかりであって、(どうにかこうにか?)信心にも(?)しても、まあちょいとここでんなら五分、十分間寝たからといってる事がないと、(?)けど、また、もう、ね、自分達ん時にこうでももうその、というようなもの、御礼の中にひたっておれいという事(?)ですけれども、とにかくもう有り難いという御徳にならにゃいけん。
一時は、んー、お祭り中で、繁雄さんと高橋さんが(?)したんですけれども、(?)ながら話させて頂いた時に、今朝方から私はお夢ば頂いておりましたって重雄さんが言いますが、(夕べ?)した時から、その、親先生の御用させてもらって、いわゆるその、(列車が?)(?)かも分からんようなところでね、その、鯉がいっぱい泳いでおる。それがあの、水の(?)んところがこう浅くなったところに二、三匹しかいない、鯉が、上がってきているところを、であった。
本当に、あのね、えー、かえって私の側に(?)、私の場合は、誰よりもいうならばお徳を頂いてなけ、なければいけんのだけれどもね、なかなか頂きにくいです。一番受けやすい、いうならば場にあるんだけれどもね、その辺のところがね、どういう事からだろうかと、例えばんーなら(?)、えー、もう、んー、何と言うでしょうかね、もう本当にそれこそ足一つもませて頂くでも御祈念をして、また終わったら御祈念をしてというように一生懸命(やっておられるけども?)、いつの間にかね、(何とそこに?)いー、ま、心安しといったようなものが生まれて来る。高橋さんの場合でもこう同じような風な事で、(?)、そこでね、本当にあの、まあ、一事が万事に御取次を頂かれる、まあ、という事があった、高橋さんなんかはもう、(?)私は(?)くらいにお伺いさせてもらってですね、(その内みな)、五分、十分、それからまた家に帰って今度は(?)をするからね、そして、あのー、本当に、今何かあの、今度大きな寿司の工場が、(大きな工場がおおごとして?)あの、こう、福岡にできる。小倉の方にできます。その前に(?)ができる。それが(?)。大した事だなあと思いますね。
ですからもう、んーならその、その工場作るとだけでも大変な、もう忙しい中にやっぱりあれだけの、それこそ一日だってお参りを欠かされた事がないし、また、御用がね、(?)事もない、でおかげを受けておられました。
(?)二、三日前も(?)のおかげを頂いたんですけれども、それで、まあ五百円、四百円、三百円、まあそりゃ、あの、(?)でしょうけれども、どういう風に(?)絞ったらよいかというお伺いでした。それを神様にお願いしましたら、三百円と五百円のどっちかをとったらよかろうと頂きました。それから、えー、帰ってからどっちがええか考えとるとばってん、考えがつかんわけです。それでまたお伺いにみえました。それで私が申しました。(?)ごたるなら(?)と私が申しました。ね、三福の、いわゆる、あの、一番高いのと安いのとどっちか良か方をとったらよか。もうそげんやって答えが出とるとじゃから、自分で決めなきゃいけません。それを、またお伺いに来るちゅうとで、(そげん何べんでも・・・?)ね、もう初めから教えなさる気であるならば、初めから(真ん中にするの中真ん中にたって?)五百円なら五百円にせろとこう下さるに違いないけれども、これはね、あんた達は、私がずーっとんーなら生きとりゃよかばってんか、私が死んだらどうすんのっち、とにかくお徳を受けとかにゃでけんでしょうが。とにかく自分がお願いをしてからお伺いをしてごらんなさいっち言うてから、まあお伺いさせました。
そういうようなですね、そういう稽古もだんだん(できてきなさったですけれども?)、この頃はもう、おー、とにかく、もうしるしかもんだから、もうとにかく(?)(に驚いてから?)、もうそりゃ、もうそげなとこまでちゅうごと、本当、あのー、御用してくださる。それで、(?)でもその話したんですけれども、あんまりそういう(?)に(?)もんだから、安易になってしもうて、なら、例えば、あの、繁雄さん達の場合でも、やはりあんまり近う近うなりすぎて安易になるという事です。そして、頂くものも頂けない。とても、あの川魚のお知らせを例えば御徳と仰るが、その、その中でも鯉のお知らせといやあもう最高の御徳と仰るが、もうここではもう(?)。(?)中に入らんでん、もう、(?)にでてきておる。頂こうと思えばいつでも頂けるような御徳のそばにおって、いつも見たり聞いたりずーっとしとるのだから、もう本当に、頂けれる絶好のチャンスを頂きながら、あの、(?)。そりゃもうお伺いにくりゃもうその場で、なら、こういう風に頂けるからだけじゃあいけないという事ですね。
ま、そういう話をした事でしたけれども、それから、高橋さんの場合なんか、それからまた少しおって真剣にはってまた御祈念をしておられました。そしたら、あのー、頂かれる事が、あの、んー、ハガキを下さった。そして、その、これは、まあ高い方なら手紙じゃから、ハガキで頂いたところが安い方を取れという事ですか。そうですねというて申しました事でしたけれどもね、あのー、んーならば皆さんのようにもうそれこそ、もう御礼を申し上げる以外に(?)でん足らんちゅうごたるおかげの中に浸っておられるのですから、そういうおかげの中に浸って、んーならいよいよ、あの、それを有り難いという御徳にしていく事の為に、今日皆さんに聞いて頂いたようなところを一つ本気でね、今朝の御理解はもう素晴らしい表現と思いましたよね。我情我欲をとる稽古という事のもう一番身近に一番簡単な頂き方の時は、改めて頂いた感じがしますね。我情我欲が(?)わが身は神徳の中に生かされてあるその実感というのがもう出て来るんです。そこに素晴らしいタイミングがまた生まれないはずもありません。おかげに後々はなる。なら、そんなら、お互いが(?)ですからお願いもするし、するけれども、お願いをしたその後のところがね、出たとこ勝負のおかげを頂く。今日の(佐田?)のおばちゃんが子供とも体の調子が悪くて、頭が痛いのこうのとこう言われる。それでお願いをせずにおられませんからお願いをする。なら(?)、なら帰ってからかえって頭痛うなったっちゃ、はあこれがおかげばいな、私なんかは十五日ぐらい引継ぎいたします。けれどもいっつもそれをもう本当に、あのー、んー、(?)、行くとはいきますけどね、行こうごとして行かんです。けれども私ちょっとでん体に障らんです。と私は思うとるです。それがおかげと思うとるです。そうすっと何かの拍子にもう本当にもうそれこそ(?)。そういう風にもう一つもその、(?)しとるからどうの、頭が痛いからどうのっち、なら、風邪をひいとるからどうのとことじゃない、ひいておることが有り難いとです。(?)ですからね、そういう気持ちが(見らせた?)という事は、金光大神が大恩人だという(?)、これだけでもあると私は今日皆さんに聞いて頂いた訳ですけれどもですね、金光様の信心すりゃあもう、例えばんーなら佐田のおばちゃんあたりでも毎日こうやって一生懸命、もうそれこそ、この、おー、そして、朝参りをなさっておられるのですから、もう、悪か方に下さるはずは絶対に無いです。頭が痛かろうが体が痛かろうが、もうそりゃ最高のおかげのところが出てきとるのです。だから、それでもやはりお願いをせねば、御取次を頂かねば。けれども御取次を頂いてよけい、なら頭が痛うなったっつったら、例えばおかげと頂きとめれる心がです、我情我欲をはずす事になるのです。その事をその時、その時にはずしていく事になるのです。お願いをして、右、右と願って左となったんだから、はあ、これがおかげかと頂く時に、もう右が良いと思う(?)ちょっともれてしまうんです。だから我情我取れて、ね、ここが素晴らしい、私は我情我欲の取れて行く、それを繰り返ししていくうちにです、私はまた有り難い徳が受けられる。(改めて言えば?)本当におかげを頂いて有り難い有り難いと言うておる人はたくさんあります。だからその有り難いというのが、それが一つの徳になるところまでね、一つ高めていってもらいたい。ね。